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2013年12月18日

名古屋市中川区「尾張四観音・荒子観音と史跡をめぐるウォーキング」のご紹介!!

12月18日(水)本来なら雪になるようなのに雨が降り続けています。わーい(嬉しい顔)
宮崎シーガイヤに賭博・カジノを誘致する運動が起こっているというニュースを見ました。
破綻の代名詞のようなシーガイヤに、人の人生を破綻させる賭博を誘致するなんて誰が考えるのでしょう。人の欲望の奥深さが伺われます。カジノなんて結局は法律で禁じられている隙間を狙い撃ちし、人をダメにして儲けるシステム。海外ドラマ「CSI科学捜査官」でラスベガスの様子を見ているとドラマと思えない栄華の影の腐敗を感じさせられます。沢山の議員が関わっている現状は日本には良識がほぼ無くなったと見た方が良さそうです。
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寒き風人持ち来る暖炉かな(高浜虚子)

名古屋市中川区「尾張四観音・荒子観音と史跡をめぐるウォーキング」のご紹介です。

今回のコース
くつあおなみ線小本駅(7:48)・・・カフェ・ド・白亜・・・白山神社(8:00)・・・カフェ・ド・白亜(8:09)・・・神明社(8:30)・・・禅養寺・烏森天神社(8:37)・・・願隆寺(8:47)・・・八幡社(柳公園)(8:58)・・・願成寺薬師堂・八釼神社(9:10)・・・願城寺・・・近鉄烏森駅(9:20)・・・佐屋街道(すぐに回避)・・・正覚寺・・・パークあおなみ・・・薬師寺(9:40)・・・西生寺(9:45)・・・松葉公園(9:55)・・・名古屋篠原橋郵便局・・・若宮八幡宮(10:15)・・・あおなみ線荒子駅・前田利家初陣の像・・・荒子公園(10:25)・・・荒子観音(浄海山円龍院観音寺)・神明社(10:30)・・・権現公園・荒子城跡・天満天神社(10:48)・・・寺起公園・・・水道道・・・斎宮社(11:22)・・・龍潭寺(11:38)・・・神明社(11:53)・・・雨宮神社(12:03)・・・宝珠院常楽寺(12:13)・・・成福寺・・・地下鉄高畑駅(12:38)
歩いた歩数:28921歩
歩いた距離:20.5km
歩いた時間:3時間50分(カフェタイム、休憩含む)
歩いた日:2013年12月14日(土)

※地図のどこかをクリックすると@tripで確認することが出来ます。
(3Dでご覧の場合グーグルアースのインストールが必要です。)


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※曹洞宗 天徳山 禅養寺

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※天台宗 高須賀山 願成寺

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※前田利家初陣の像

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※尾張四観音・荒子観音

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※荒子観音・国重文多宝塔

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※曹洞宗 医王山 龍潭寺

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※真言宗智山派 常楽寺 寶珠院

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尾張四観音のうち、前回「笠寺観音」を参拝し今回は「荒子観音」です。名古屋城の工事が終わるまでには四観音を巡っておきたいという私の気持ちも多少あります。
今回岐阜からはJR名古屋駅に出てあおなみ線に乗り換えます。あおなみ線名古屋駅ホームは新幹線の隣(?)なので小さな男の子はカメラを構えて新幹線の出発を狙っています。その他にはサラリーマン(ホント男性が多い)でほぼ満席です。
あおなみ線小本駅7時48分に到着しました。
くつ地図と睨めっこです。方向が一瞬分からなくなった様です。落ち着いて見直し東へ向かいます。目指すはモーニングコーヒーの予定のカフェです。
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くつすぐにカフェに行きつきました。ところが8時開店でまだしまっていました。予想では駅で準備をして歩いて来れば8時位にはなると思ったのですが全然時間が経たずに着いてしまったのです。そこで地図からさがして近くの予定外の神社へ行ってきました。

万町白山神社・万町公園
住所:名古屋市中川区万町
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万町公園という赤いタコのユニークな遊具のある公園の横にありました。何の掲載もなく不明ですが、石灯篭の小さなのが補強されていて地元の方が大切にされている気持ちが伝わりました。
くつここからまたカフェに戻ります。道は細くお堂があったり古い町と新しい町が混じる土地柄、冬の田に氷が張っていてビックリしました。岐阜の今朝氷は無かった気がします。
喫茶店さて目当てのカフェは開店していて美味しいコーヒータイムをとります。別項にてのご紹介です。
くつカフェの後カフェの横の細道を北に向かいJR関西本線路を潜ります。中村区に入ります。予定していた神明社に到着します。

神明社(烏森町)
住所:名古屋市中村区烏森町字村内59
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村社として神明児童遊園地が併設されています。創建など不明です。
さて神明社の前の細道を突き当たると禅養寺の観音堂の前に出ます。観音堂の前は広場になって神社が見えます。観音堂の影に隠れるように山門がありました。

曹洞宗 天徳山 禅養寺
名古屋四国65番霊場

住所:名古屋市中村区烏森町7-182
電話:052-471-8309
本創建:1496年(明応五)室町時代
本尊:本尊/釈迦牟尼仏坐像
観音堂:本尊十一面観世音菩薩
白武稲荷/玉受稲荷:船頭善左衛門が信仰をしたおかげで水難事故を免れたことから奉納
表門:秀吉の妹朝日姫の夫福田隠斉の家門
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おしやぐじの歌
おしやぐじの 森のこのはは ひろふとも あどけきものを めぐしとおもへ(迢空)

本この歌は、昭和4年11月に歌人・国文学者で民俗学の父である釈迢空(折口信夫)が、当地の弟子坪井忠彦宅を訪れた。ここから南東三百米のところに古木繁るおしやぐじ(社宮神)なる古塚があることを知り一首を詠じた。おしやぐじは、村の境神で外敵疫病から村人を守り、また子供を守る神として、村人達から厚い信仰を受けていた。
稲荷の縁日:初午 沢山の人で賑わう。

尾張・隠斉屋敷
本秀吉の妹朝日姫の夫福田隠斉の隠居屋敷が北西側の位置にあったと伝わる。
小牧長久手の合戦の後、秀吉は徳川家康を懐柔させる為、朝日姫を徳川家康に嫁がせることとした。いわば人質である。このために吉成は強制的に離縁させられ、その代償と五万石の加増を示された。しかし吉成は加増を拒否して出家し、隠斉と号して住んだのがこの屋敷という。

ここは秀吉の妹朝日姫の夫福田隠斉の屋敷跡という事で、家門が山門になっています。
折口信夫のゆかりのお話が伝わっています。南東三百米のところに古木繁るおしやぐじ(社宮神)なる古塚があったものを詠んだ歌ということですが、もしその古塚が残っていればそこに歌碑が建てられた事でしょう。境内の保存樹イチョウはすっかり葉を落とし冬景色になっていました。

折口信夫(おりくちしのぶ)
本1887年〜1953年。国文学者・歌人。
大阪生まれ、国学院大学卒業。国学院、慶應大学などで教鞭をとる。民俗学を国文学に導入し新境地を開き歌人としては釈迢空(しゃくちょうくう)の名として知られる。
さてここの同じ場所には天神社が建っています。

烏森天神社
住所:名古屋市中村区烏森町字村内下66
創建:不詳
祭神:菅原道真
一柳庄(野田・厨郷・荒子・高畠・萬町・治田・烏森)は延喜の頃に開発され、伊勢神宮の神戸御厨の地となったが、鎌倉時代以来村々に分かれ独立し、本社は烏森の氏神となった。尾張地名考に、「治田天神今烏森に座す・・・」とある。
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この天神社には保存樹クスノキがありこちらは大変な存在感を示していました。
クスノキは常緑高木で樟脳を採取する木です。香りが強いらしいのですが、そばで匂いを嗅いだ事はありません。
くつ禅養寺の北側の道は本当に狭く車は通れません(?)が住宅が並んでいます。こういうところに住まわれる方は性格が穏やかでなければ暮らせないという尊敬の念がおきます。私を見てもにこやかに挨拶されます。願隆寺はそんな道沿いにありました。

真宗高田派 紹光山 願隆寺
住所:名古屋市中村区烏森町6丁目142
電話:052-471-7543
本本尊:阿弥陀如来立像(恵信僧都の作)
伊勢一身田専修寺の末寺。
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創建は調べてもわかりませんでした。恵心僧都の阿弥陀如来をお祀りするのですから古社であると思われます。恵心僧都は比叡山の横川に隠棲した源信(平安中期の天台宗の僧)の通称なのでその後あちこちしたのかもしれませんがその阿弥陀如来は大切に守られた物であるのは間違いありません。
くつさて願隆寺から北に突き当たると佐屋街道です。佐屋街道は東海道の船旅(七里の渡し)を回避する為の姫たちの脇街道といわれた街道です。
ふらふら大変狭く歩道なんてありません。「名古屋烏森郵便局」は道に密着して建っていますし「カフェありんこ」なんてかわいい名前のカフェも道に接しています。
「ありんこ」を過ぎたら一本奥の道に入ります。「柳小学校」に突き当たります。その横に「八幡社」と「柳公園」が併設されています。

柳公園・八幡社
住所:名古屋市中村区烏森町2-8-1
本佐屋街道と柳街道の分かれ道にあった柳街道道標が境内にある。(秋葉社の灯明の台座に利用)
柳街道:南西部より市の中心部に向かう唯一の道。昭和初期まで、烏森や岩塚から名古屋の学校に通学する生徒は毎朝夕約1里のこの道を通った。
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八幡社の境内にも保存樹があります。横の公園では休日を楽しむ親子連れの方があります。
こうしてみると名古屋市は神社に公園を併設し避難場所の確保をしているのではないかと思いました。神社の敷地を半分削り公園にし、いざという時の避難場所にする方法は住宅が密集する地域では木々も幾分残されるしいいアイデアかもしれません。
くつ公園から北に向かうと松蔭高校の校舎があります。とても大きい校舎で工事が行われていました。
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高校の横の道には昔ながらの喫茶店が営業していて自転車で来て、入店される方がありました。先ほどあった「ありんこ」やこの「喫茶ヨシ」は地元御用達の頑張る喫茶店といった所のようです。名古屋高速と並行する道路にでると右おれしすぐに「願成寺薬師堂」です。

願成寺薬師堂
住所:名古屋市中村区高須賀町8
電話:052-482-3888
本本尊:薬師如来
左右に金剛力士像が立ち、鎌倉時代初期の弘法作。像高さ3.1m。
右方に口を開き万物の根元、ものの初めを表す「阿像」
左方に口を閉じ万物の終り、物の終わりを表す「吽像」
八釼神社
住所:名古屋市中村区高須賀町7
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願成寺薬師堂のお堂は新しくなっているようでした。お掃除の方がおられ、中に入って参拝させてもらいました。実際の所、目のあまり良くない(近視と乱視)私としては見ても良く見えないのが残念です。講堂か公民館のような中に薬師様が安置されていました。境内の南に八釼神社です。番塀もあります。名古屋の神社はこの石の番塀が多く見られます。
本堂のある願成寺は柳保育園の南になります。

天台宗 高須賀山 願成寺
名古屋四国66番、大名古屋十二支酉、西名古屋宝生七福神/寿老人

住所:名古屋市中村区高須賀町24
電話:052-471-7842
創建:732年(天平4)奈良時代
開基:行基
本尊:阿弥陀如来 室町時代
聖武天皇の皇女孝謙天皇の眼病の平癒を祈ったところ治癒したと伝わる。
両天皇の勅願所として、願成就寺の勅額を賜った。
金剛力士像仁王尊:鎌倉時代
薬師堂:本尊薬師如来(行基作)
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大変古式風情の山門です。行基の名の出るお寺の古さは尋常ではなく、心が引き締まります。本堂はきっちり閉じられとても静かです。境内には保存樹クスノキがあります。参拝する方は「薬師堂にどうぞ」と言った感じです。
くつ厳粛な空気を吸った私は一路南下し都会の喧騒に向かいます。
JRと近鉄の線路が並んで通る高架、駅は近鉄烏森駅です。交差点を南に渡ります。そして先ほど「ありんこ」の前から続く佐屋街道にでます。

佐屋街道
本東海道の脇街道(熱田からの海路を避ける為)。
伏屋路、姫街道ともいわれる。
万場の渡しから大治町へ続く。火の見櫓、低い二階家、黒壁の家、高く土盛りした民家。

がく〜(落胆した顔)ところがこの道を歩く予定はここで遭えなく断念。歩道が無く狭い道に多くの車、事故回避の為、小本の街に右折して進みます。
小本の街を歩く予定にはしていませんでした。
exclamation&question手元の地図で確認しながら南下します。
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「喫茶せん」も地元御用達の喫茶店、営業中、そのまえにはコンクリート三階たての「正覚寺」、和尚様はバイクにてお出かけの様子です。「パークあおなみ」という名前の公園では地元の方が何か(パターゴルフ?)のようなものをしておられました。その南にはとても可愛いお堂の薬師寺が道路に面していました。おそらくお寺のお庫裏はそのうしりの瀟洒なお屋敷(?)ではないかと思いました。検索しても本尊はわかりませんがお薬師様にまちがいありません。
曹洞宗 本郷山薬師寺
住所:名古屋市中川区小本2-5-13
電話:052-361-4581
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くつ薬師寺から東に向かいすぐの道を南にすすむと「西生寺」です。

真宗大谷派 宝林山 西生寺
本創建:文治年間(1185年〜1190年)
開基:鎌倉の士木村左兵衛が親鸞に師事し西光と号し建立。
1532年(天文元)より現在地に移る。
名古屋市保存樹:イブキの木
尾張藩士・学者岡田啓の墓がある。
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黒ハートイブキの木の保存樹(ヒノキ科の常緑高木、通常10〜20m)という事ですが、見事です。
比較的様々な様子で見られる様ですがここの手入れの行き届いた姿は、本当に見事です。
手間暇かけられた空間にホッとした安心感を与えられます。
お寺を後にし、環状線沿いの松葉公園へ向かいます。

松葉公園
住所:名古屋市中川区太平通1丁目
本中川区最大の公園。昭和16年開園。野球場、テニスコート、中央には花崗岩の噴水。
松、楠、樫など90種類の木々。
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公園は広く市民の方がそれぞれの用途で利用されています。野球あり、散歩有、遊具使用有といった様子です。
くつ私は池の周りに巡らされた遊歩道を歩きました。池は美しいとは言い難いものですが、鴨がのんびりと泳いでいました。もうすこし水が綺麗だともっといい。
くつさて八熊通にでると工事と車の波。喧しい音だらけです。公園の中にいると隣であるにもかかわらず聞こえないのが不思議です。
篠原橋通の交差点から迎えに篠原橋郵便局の建物が見えます。都市景観賞を受賞したとは信じられない普通にみえる建物です。丁度真ん前で工事中で、ゆっくり鑑賞できなかったのですが当時としてはモダン(?)だったのかも。コンクリートの打ちっぱなしがニュー感覚に思えた時代だったようです。

篠原橋郵便局
本住所:名古屋市中川区篠原橋通3−47−1
都市景観賞(昭和61年度)を受けた建物で、コンクリートの地肌に三角屋根、まっ赤なポストマークが印象的である。
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くつまっすぐ行けばあおなみ線荒子駅ですがもう一軒寄り道します。駅高架の手前の南側の「若宮八幡宮」です。

若宮八幡宮
住所:名古屋市中川区小塚町11番
若宮八幡社のタブノキ
本クスノキ科で、イブキと同様市の西部地区に多い木の代表である。幹回りが2.55メートル、高さが17.5メートルあり、市内のタブノキでは最大級のもので、若宮八幡社の社殿の裏に立ち、中川で最初に保存樹に指定された。境内には多くの保存樹があり、秋には大イチョウの木の下に、ぎんなんを拾う人の姿が見られる。
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保存樹のイチョウはもう葉がおちて枝が冬景色です。タブノ木は本殿に寄り添うように陰になって立っています。本殿がよけい薄暗い感じに見えます。保存樹だらけの境内は夏には涼しい木陰になって休むには良いかもしれません。
境内をくるりと廻って道路に戻り高架を潜ると荒子駅です。
前田利家初陣の像です。

あおなみ線荒子駅
本駅前のロータリーには荒子生まれの戦国武将前田利家の初陣の騎馬像が設置
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前田利家の史跡を巡るために「犬千代ルート」の盤が道路に埋められていますが、少し古くなって良く見ないと見落とすかもしれません。今回「前田利家」は置いといてコースを考えたのでこのコースでは行きません。独自コースです。

前田利家
本1538年〜1599年
安土桃山時代の武将。加賀金沢藩の祖。
尾張の出身。織田信長・豊臣秀吉に仕え秀吉没後は五大老の一人として秀頼を補佐した。

ふらふら前田利家がここの出身という事は実は今回まで知りませんでした。この辺りは中村区に加藤清正の出身地があり結構強い武将になった人が輩出されているようです。
くつ「中川文化小劇場・中川図書館」の角から曲がって「荒子公園」に向かいます。

荒子公園
住所:名古屋市中川区荒子2丁目
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くつとりとめのない広さの公園です。散歩というより木が多くて気持ちが良いので通り抜けの道として使用されている方が多いような気がしました。こんもりした土盛りのところには梅園の養生中でした。梅園の南が今回の目当ての「四観音荒子観音」です。

荒子観音(天台宗 浄海山 円龍院観音寺)
荒子の観音さん
尾張三十三観音12番、尾張四観音

住所:名古屋市中川区荒子町字宮窓138
本本尊:聖観音
創建:伝729年(天平元)
開基:伝・泰澄
国重要文化財 :多宝塔(1536年天文5 再建)
本堂:1576年(天正6)前田利家の再建。北陸に行く前は荒子城に居城。菩提寺。
円空仏:延宝・貞享年間、当寺を数回訪れ、山門の仁王像や1,200体を超える木彫仏像(円空仏)を残した。毎月第2土曜日の午後1時から4時まで公開。
山門、多宝塔:併せて名古屋市の都市景観重要建築物等に指定
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とてもキチンとした印象のお寺でした。
北側の入り口から中に入ったのですが、明るい本堂が横にドーンと立ち、少し坂になった(車いすの方のためかこういった階段をスロープにしたところが増えました)参道を上がると小さな円空仏が置かれ微笑ましい感じです。
円空仏は1000体を超える所蔵だというのですが、午後1時からなら拝観できます。準備の真最中でお寺の方が札を下げに回っておられました。
円空仏は大変なファンの方もおられますが私はそれほどでもなく、午後1時までは待てないので今日は拝観せず先に進みます。山門の中の仁王も円空仏というので網に顔を付けて一生懸命覗いて見ましたが3mを超える仏像がぎっしり立っているので全く何も見えません。元々円空仏は荒削りでデブッチョ(失礼)ですから隙間が無い。以前、高山で沢山の円空仏をみて退屈したのを思い出しました。円空さんはこうして隠してしまう事は不本意だったと思うけれど、保存の為には仕方ないのかもしれません。国重文の美しい多宝塔を少し心残りに思いながら後にしました。境内に含まれるように「神明社」があり、とても熱心に掃除をされているご婦人があり、感心しました。
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荒子観音は参道にお店などが並ばないのでそれが若干寂しい気持ちがしました。
くつ大門東、大門西の間の参道であったと思われる細い道を南に歩き三本目を左手に進むと「荒子城跡」です。

荒子城跡
住所:名古屋市中川区荒子4
荒子城(平城)
本築城:天文年間(1532年〜1555年)
築城主:前田利昌(利春)
城主:前田利昌(利春),前田利久,前田利家,前田利長
荒子城は、天文年間(1532年〜1555年)前田利昌の築城、利家も居城し、天正9年(1581年)廃城となった。城の規模は、「尾陽雑記」「尾州古城志」などによると、東西が約68メートル、南北が約50メートルであった
廃城:1581年(天正9)織田信長により前田利家は越前国府中に任ぜられ利長も越前国府中に転じたため廃城。
現在、城の遺構は残っておらず城址に冨士大権現天満天神宮が建っている。
冨士権現天満宮
本創建年は不祥、祭神は木花開耶姫命(冨士権現社)と菅原道真公(天満宮)である。
荒子城主前田利家が勧進した社であり、荒子城の鎮守神であった。
境内には、前田利家が越前へ移る際、荒子に残していった馬道具が保存されている。
名古屋市指定有形民俗文化財:明治中期の馬の塔(おまんと)
前田利家が武生に大名として赴任する折、村中そろって馬に馬道具(ばどん)をつけ神仏祈願をした。その行事が「馬の塔(おまんと)」である。また利家は荒子七村に飾り馬を七頭献上し感謝を表した。
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前田利家生誕の地の石碑は薄暗い奥に忘れ去られたように汚れていました。
解説に寄れば利家が出世の時の「馬の塔」の行事も時折復元されて披露されているようですが、新しい住民の多いこういった都会では継承することは殆ど不可能ではないかと思います。NHK大河ドラマででも取り上げられたその何年かは貴重な観光資源とみなされるけれどそれ以降は忘れ去られる運命にあるようです。京都などの伝承に架かるエネルギーを思うと、とてもとても政治的にも経済的にも敏感に動き過ぎる名古屋では出来ない、と言わざるを得ない気がします。歴史はあるけれど、観光で生きる町ではないと言えます。
くつくつさて、ここからは延々と町並みを見ながらただ歩くだけの区間です。
「寺起公園」を経て「荒子小学校」「一柳中学校」「名古屋港工事事務所打出公務員宿舎」などが次々と現れました。
そしていきなり「水道道」にぶち当たります。
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このコースを歩くとき「水道道」と書かれたウォーキングコース案内があったので調べてみたけれど何も見つからなかったのですが、この道です。下水道を暗渠にして遊歩道にした様です。地元の方がお花の手入れをされているのですが、「猫に餌をやるな」などかなり汚い言葉の札も見当たり、少し気分は良くない。住民同士わきまえない方もおられるのは困ったものですが、殆どの人はそうではないので威圧的な表現は避けた方が良いのではないでしょうか。せっかくの遊歩道気持ちよく使いたいものです。
くつさて暗渠がとぎれたところで左折します。
くつ左折して突き当りを右手に進むと左側に「斎宮社」の石碑があります。「打出水処理センター還元施設」の北側民家の塀にそって細道が中に向かっています。
犬犬民家の中にいる犬が怪しいとばかりに吠え立てます。勇気を出して進みます。斎宮は伊勢神宮に奉仕する皇女をいうはずですがこんな名前の社は始めてです。
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斎宮社(さいぐうしゃ)
本創建年は不詳であるが、再建は寛文6年(1666年)といわれている。祭神は猿田彦命である。猿田彦神を祭って斎宮と称しているのはめずらしい。
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exclamation&questionどうしたわけで斎宮社となっているのかも不明のようです。民家と畑の奥に庄内川の堤防道路に挟まれた形で横長になってありました。
犬犬「打出処理場」の方へ下りられないかと奥まで行ってみましたが柵がしてあって戻るより方法が無く、民家の中から犬にほえられ続け、全く意気消沈でした。
くつ八熊通りにでてすぐの信号を渡ります。大変広いパーキングを用意したお寺でした。

曹洞宗 医王山 龍潭寺
住所:名古屋市中川区野田3丁目187
電話:052-361-0893
本創建:1455年(康正元)
開基:錦溪
本尊:釈迦牟尼仏
市文化財:唐様式の須弥壇
釈迦牟尼仏(本尊)と道元禅師(永平寺開山)・瑩山禅師(総持寺開山)が安置。
市の指定文化財:本堂内 木造如来仏頭等三体は、藤原時代の作
稲荷堂:文殊菩薩・普賢菩薩
薬師堂:日光菩薩・月光菩薩
落ち着いた情緒漂う庭は、古風な禅林のたたずまいをみせており、「古松般若を談ず」の趣きがあり庭一面に10種類以上の苔類
七松庵と呼ばれたクロマツの大木がある。
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黒ハートクロマツは市の天然記念物になっていますが、松のみならず苔などの庭園がとても綺麗に保たれています。苔を持って行く人がいるらしく注意がありました。
ちっ(怒った顔)今回のウォーキングは「不審者に注意」とかいろいろ貼られていて治安がわるいのかなと気にかかっていたのですが、ここで苔を取って行くという行為はそれとは又次元が異なる悪意が感じられます。誰もが楽しめるようお寺の方で準備されたお庭です。そんな人が無くなるように祈ります。苔やお堂や仏足石や静かな境内を楽しみました。
くつお寺を見た後、また交差点に戻り水道道の暗渠になっていない下水に沿った横を戻りました。市営打出荘の横を通り「神明社」に寄ります。

神明社
本創建:不詳
再建:1598年(慶長3)
祭神:天照大神
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神明社を過ぎると今度は「雨宮神社」です。

雨宮神社(あめみやじんじゃ)
本創建年:不詳
現在地:1819年(文政2)に野田から現在地へ遷宮された。
祭神:明神高ロウ(雨かんむりに龍)神・志那津比古神・天照皇大神
神徳は雨を主とし、水の大神として知られている。
別宮に、風神を祭り雨宮・風宮という。
秋の大祭:餅投げ行事
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外から見ると稲荷の赤い鳥居がまず目に入り「?」と思います。
ぐるりと前に回ると「雨宮神社」の石碑があり、境内にはコミニュティ会館があります。稲荷は会館の後ろに小ぶりの赤い鳥居をびっしり並べています。とても熱心にお参りされている方があり、キョロキョロする私は、少し恥ずかしい感じでした。

真言宗智山派 常楽寺
住所:名古屋市中川区中郷1-9
本尊:薬師如来
如意山 寶珠院(常楽寺の塔頭)
名古屋三弘法、名古屋七福神・大黒天、名古屋大師11番、尾張四国30番、名古屋四国63番、東海不動13番
住所:名古屋市中川区中郷1-11
電話:052-361-0638
本創建:729年(天平元)奈良時代
開基:泰澄 
本尊:地蔵大菩薩
仁王像:鎌倉時代(伊勢湾台風の被害を受けている)
名古屋市特別緑地保全地区:五葉松の大樹などの庭園
本堂、山門、弘法堂
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「宝殊院常楽寺」はここへ来るまで詳細があまり見つからず困っていました。
まずお寺の前でGPSで住所を確認すると「中郷1-22」となりました。
丁度車で出かけられる方がこちらを見ておられました。
門から中に入るととても立派な本堂がありました。石段が付いて上るように建っていましたが、ふと横を見るとお庭に石仏の楽しそうな姿を見つけ惹きつけられるように向かって行くとまた小振りな門がありました。
そこから出るとここは各種霊場の雰囲気で、今通ってきたお庭とはまるで異なりました。不動明王を祀るお堂は堂々とした古式な寺社。参拝する人はありませんでしたが、石仏なども並びとても楽しげなお寺の境内です。
山門はまた、これは趣のある山門、伊勢湾台風の影響があるとのことですが、それでも素敵でした。
exclamation&question常楽寺と宝殊院は中の小振りな門で異なっているのか、全く同じ社寺にみえましたが・・・・・どちらでも参拝する方は同じですが気になります。
くつさて残すはあと「盛福寺」のみです。ここからすぐです。がんばって歩きます。

真宗大谷派 盛福寺
住所:名古屋市中川区高畑3丁目22
本開基:不退庵元勝法印
三州野寺(現安城市野寺町)本証寺の末。
初めは天台宗であったが、元亀元年(1570年)に住職正定庵教勝法印が信如上人に帰依し、天台宗より改宗した。
arako_69.jpg arako_70.jpg

今回の社寺の中山門が閉じられていた唯一のお寺です。脇のくぐり戸から本堂の写真を撮らせてもらいました。
くつ帰路につきます。盛福寺をまつすぐに太い道路に出ればそこは地下鉄東山線高畑駅です。
お寺の先には自転車置き場がありましたが、地下鉄は駅舎が無くて何だかゴールにするにはとても寂しい気がしました。
地下鉄高畑駅12時38分着、39分発に乗車できました。

byニコちゃんでした。わーい(嬉しい顔)

「荒子観音」は下記です。
posted by ぐろぶ at 11:55| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛知の山や見所など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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