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2013年12月13日

豊川市・豊川弁財天「曹洞宗 龍雲山 妙音閣 三明寺」のご紹介!!

12月13日(金)曇天の通勤路、道端の菊もほぼ枯れました。わーい(嬉しい顔)
時折残って咲いている菊が愛しいような気がします。
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菊枯れて松の緑の寒げなり(正岡子規)

豊川市・豊川弁財天「曹洞宗 龍雲山 妙音閣 三明寺」のご紹介です。
ヒカル君のレポートになります。
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【本店ショップのご案内】
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※本店2店では多少ラインナップが異なります。お好みでご利用ください。

曹洞宗 龍雲山 妙音閣 三明寺
豊川弁財天

三河七福神 弁財天
住所:豊川市豊川町波通37
電話:0533-86-9661
本本尊:千手観音
創建;伝・702年(大宝2)
開山:伝・覚淵
国重要文化財:三重塔、本堂内宮殿(辨才天)
三明寺は、文武天皇の詔を受けて建立されたと伝えられてる寺で、弁財天が本堂内の宮殿にまつられています。
三重の塔
本第一層と第二層が和様、第三層が禅宗様(唐様)
享禄4年(1531年)の建造で、総高14.5mの?葺の小塔
三層の軒の反りが大きく、扇垂木であること、鎬のある尾垂木などに禅宗様の意匠が認められる。
辨才天
本この像は十二単重をまとい、干支の巳年にあたる年の正月16日に衣装替えを執行し、開帳する慣しになっている。(三河七福神)
歴史
本大宝年間(694〜703年)の創立と伝えられますが、12世紀後半に、一度戦火にあい、焼失。
南北朝時代に後醍醐天皇の子の無文元還が、遠州方広寺に行く途中ここに立ち寄り、その荒廃を嘆いて再興。
平安朝の頃、三河の国司大江定基が愛人力寿姫の死を悲しみ、面影を永久に残そうと辨才天の御像を刻み納めた。
訪ねた日:2013年12月7日(土)

JRウォーキングに参加するために、急いで列車に乗ろうとダッシュしたら、足を“ねんざ”してしまった。ウォーキング終着の豊川駅で待っている間に、ビッコを引きながら、駅近くの「三明寺」を拝観した。
三明寺は、豊川弁財天の呼称がある、「弁天さま」をまつる古刹である。
道路脇に駐車場があるが、
寺は、塀や囲いもなく、三重塔・たいこ橋・本堂と一列に並んだ配置で、本堂前左横に「三徳稲荷」が祀られている。
sanmyoji_1.jpg sanmyoji_2.jpg
sanmyoji_3.jpg sanmyoji_5.jpg三重塔と本堂内の弁財天の宮殿=厨子が国の重要文化財である。
なんとなく、雑然としているが、ちらほらと参拝者も訪れている。

byヒカル君でした。ペン

「曹洞宗 龍雲山 妙音閣 三明寺」は下記です。
posted by ぐろぶ at 08:07| 岐阜 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 愛知の山や見所など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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