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2013年12月05日

「旧東海道・大津市膳所から草津市南草津まで滋賀県内ウォーキング」のご紹介!!

12月5日(木)通勤途中に焚火の恋しい季節になりました。わーい(嬉しい顔)
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よるみゆる寺のたき火や冬木立(炭太祇)

「旧東海道・大津市膳所から草津市南草津まで滋賀県内ウォーキング」のご紹介です。
今回歩いたコース
JR膳所駅(7:30)・・・膳所神社(7:45)・・・篠津神社(しのず)(国重文・膳所城北大手門:表門)(8:03)・・・若宮八幡宮(8:13)・・・瀬田の唐橋(8:51)・・・建部大社(9:30)・・・一里山一里塚(10:24)・・・月輪寺(10:40)・・・野路の玉川跡(11:13)・・・野路一里塚(11:45)・・・JR南草津駅(11:52)
歩いた歩数:27180歩
歩いた距離:19.4km
歩いた時間:4時間22分(カフェタイム含む)
歩いた日:2013年12月1日(日)

※地図のどこかをクリックすると@tripで確認することが出来ます。
(3Dでご覧の場合グーグルアースのインストールが必要です。)


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※篠津神社・拝殿

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※若宮八幡宮・拝殿

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※瀬田の唐橋

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※建部大社

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前回、JR大津駅から歩きだした旧東海道を膳所神社で終了して京阪膳所本町駅で帰路につきました。
今回はここからJR南草津駅まで繋ぐウォーキングです。前回一緒に歩いたヒカル君は「魅力を感じない」のと多少体調不良(?)の為キャンセルしましたので単独です。
くつまずJR膳所駅で下車します。膳所駅は通常新快速が停車しないために初めて下車しました。JR駅舎前のロータリーの先に京阪膳所駅があります。
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京阪膳所本町まで乗車するほどの距離でもなく線路沿いの近道を通ってみました。ここも旧東海道かと思うような狭くてまっすぐな道でした。車も人も適当に通って行きます。
くつ京阪膳所本町まで電車の走る音と同行二人です。京阪膳所本町駅7時43分到着
すぐ南が「膳所神社」です。神社の北の門から境内を通り鳥居に抜けて前回の終わりの地点まで行きます。本日スタートは7時45分膳所神社前です。旧東海道は南下します。右手に手書きの解説のあるお寺さんがありました。
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真宗佛光寺派 供養山文応院 大養寺
住所:滋賀県大津市中庄1-1-13
電話:077-522-7290
本解説:当寺の門は高禄又は由緒ある武家屋敷等の門で、膳所六門(長屋門)の一つです。

なるほどお寺というよりお屋敷の感じの佇まいです。現在この膳所六門は三ヶ所残っているという書き込みを見つけましたがきちんと書かれた物は見つかりませんでした。
くつこのお寺から先に「東海道30m」と電信柱にあり30mと思っていて行きすぎてしまい、「聖愛幼稚園」の前を少し進み目の前に京阪の線路を見て「あれ?」と、慌てて中ノ庄の信号に戻りました。
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くつ信号を東に折れると右手に大きな木が茂るのが見えました。そこは駐車場になっていて奥に神社がありました。進むと「篠津神社」でした。

篠津神社(しのず)(国重文・膳所城北大手門:表門)
住所:大津市中庄1-14-24
電話:077-525-1001
本祭神:素盞鳴命
創建:創祀年代は不詳
重要文化財:表門(旧膳所城北大手門)
本殿:膳所城主本多俊次公の万治四年に造営。一間社流造。
神輿の金具:膳所の名工奥村菅次の作。
拝殿:入母屋造
その他:中門 神饌所 神輿庫 神具庫 手水舎 社務所
主な祭礼:夏祭り(祇園祭) 日待祭
古くは大梵天王と号し天王社と称されていた。のち天王宮さらに牛頭天王社と改称された。膳所中庄の産土神である。
康正二年の棟札が現存しているところから、室町時代にはすでに鎮座していたと考えられる。また大津円満院門跡常尊法親王や覚淳法親王、有栖川家の崇敬厚く、鳥居額等種々寄進され、社参の記録もある。膳所城主や戸田、菅沼、石川諸氏ならびに本多家の崇敬が長く続き、社領二十二石の他、社殿の修復も本多家でしばしば行なわれた。
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歴史のある神社、境内の一部は駐車場になっています。大津の祇園祭は有名ですがここの祭礼になる事は初めて知りました。
「光厳寺」「専光寺」と並んでいます。そしてその先には「膳所焼美術館」の駐車場が左手にありました。

真宗仏光寺派 膳所山 三昧院 光厳寺
住所:大津市中庄1丁目13−10
電話:077-523-0343
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臨済宗 専光寺
住所:大津市中庄1丁目5−17
電話:077-523-2435
本開基:1465年(寛正6年)正善
本尊:阿弥陀如来
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膳所焼美術館
住所:大津市中庄1−22−28
電話:077-523-1118
休業日:通年月曜(祝日の場合は翌日休、12月28日〜翌1月7日休)
開館時間:10:00〜16:00(閉館17:00)
駐車場:無料
入館料:大人700円、中・高校生以下500円、小学生無料(抹茶付、団体30名以上は600円)利用不可
ホームページ
本(財)膳所焼美術館は昭和62年(1987年)、岩崎新定氏によって、岩崎家が所有してきた江戸時代以来の古膳所焼及び滋賀県の古陶磁、茶道具類を一般に公開することを目的として設立されました。 現在は古膳所焼の常設展示のほか、年に2回茶道具の企画展示も行っています。敷地内には庭園と茶室があり、入館者にはお抹茶の接待がある他、隣接する窯元にて現在の膳所焼の販売も行っています。
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膳所焼きには少し気が魅かれましたがもちろんまだこの時間には開館していません。どこから入るのかなぁと思っていたら線路に沿って細い道がありそこから先に行くようでした。
くつ京阪瓦ヶ浜駅の線路を渡ります。右手にお寺がありこの日は沢山の方が集まっておられました。

日蓮宗 妙福寺
住所:大津市中ノ庄1-8-7
電話:077-537-2083
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12月1日には日蓮宗では何かあるのでしょうか、忙しげに、何となく楽しげに立ち働いておられました。
くつ突き当りを左手(東)に行くと左手にちょっと思ったより小ぶりの門が前の「若宮八幡宮」です。

若宮八幡神社
住所:大津市杉浦町20-20
本祭神:仁徳天皇 配祀神:應神天皇 武内宿弥
創建:白鳳四年、天武天皇(伝)
天智天皇がこの地へ行幸の際、紫雲がたなびき、金の鳩が付近の大木に止まるのを見て、この地へ社を建立することとしたのが始まりとされる。江戸期には膳所の多くの神社同様膳所藩の庇護を受け、現在の表門は膳所城の犬走門を移築したもの。当社には、現在も宮座が残っており、毎年元旦、例祭、放生会祭、の当日四季の花をさしそえた、御供を、本殿をはじめ、境内の皇大神宮他摂社、末社に供ている。
本殿(三間社流造)、拝殿(入母屋造唐破風付)、その他中門、神門(市文) 、神輿庫、神饌所 手水舎 社務所
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exclamation&question放生会祭は1300年もの時代を超えて行われているというのですが、驚くべきエネルギーです。琵琶湖がこの神社のそばまで来ていた時代、魚を釣って生命を繋いだ人間の、感謝や、愛しさの表れです。現代にもこうした心がつながっている事を嬉しい気がします。
くつ細い道を進むと民家の前に「膳所城勢多口総門」の石碑です。「膳所城南惣門跡」だとばかり思っていたのですが、南口は勢多にあったのでここで良いのではないかとも思いますが解説等が無いので確認できませんでした。
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「膳所城勢多口総門」の碑のある付近の北には「本多神社」の森が生い茂っています。廻って行ってみたい気もしますがまだまだ先が長いので先に歩き続けます。

粟津晴嵐
本粟津中学校の西側に道に沿って大きな松の木が数本見える。この松が歌川広重の版画で有名な「粟津晴嵐」の松並木の名残をとどめたものである松林は、松食い虫にやられ、まったく跡形もなく、代わりにポプラ並木となっている。尚、「晴嵐」は大風のことではなく、山から立ち上る気=山霞のこと。こちらは、この写真でも雰囲気がそのまま出ている。

exclamation&question粟津中学校の前に松の木があったはずなのに全く見落としました。朝日に逆光になっていたのと中学校へ投稿する生徒の数が多く歩道に心奪われてしまっていました。この辺り昔のように霞や風の吹くところか大企業の工場群になっていて道路も旧東海道とは思えなく広くなっていて歩いているのが億劫な場所でした。

農業試験研究発祥の地付近の碑
本旧東海道の向いに広がっていた粟津が原(旧膳所村別保)に農事試験場が開設以来百年を迎えるにあたりこれを記念して建立された。(平成7)
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かつての粟津が原をまず官用地として開発、そしてそれらが民間大手企業の工場に安く転売されている代表のような所です。粟津が原が少しでも残っていればこうして歩くには楽しかったでしょう。くつ「晴嵐一丁目」の地図案内板がありましたが、「粟津一里塚」は探しても目に入らなくてガッカリしました。一里塚は、街道沿いに絶対あるはずなのに・・・
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くつJR石山駅下の地下道を潜ります。石山の街は何か特徴のない街並みでした。
くつ「鳥居川交差点」にでます。大きな交差点です。向こうに堂々とした「長徳寺」がみえますが、もうすでに時間が予想を超えているためにそのままやり過ごし左手に曲がって唐橋に急ぎます。
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瀬田の唐橋
本勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。
宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋・日本三古橋の一つとされる。
また、日本の道100選にも選ばれている。橋の特徴である擬宝珠は歴代受け継がれており、「文政」「明治」などの銘が入ったものも現存する。
「唐橋を制する者は天下を制す」
武士(もののふ)のやばせの舟は早くとも急がば廻れ瀬田の長橋
(安楽庵策伝『醒睡笑』連歌師・宗長の歌を引用)
五月雨に隠れぬものや瀬田の橋 橋桁の忍は月の名残り哉(松尾芭蕉)

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くつ車で唐橋の東端には来たことが何度もありますが西側から渡るのは始めてです。
琵琶湖に架かっている訳ですが橋の右手には旅館などが並びます。左手には「アープしが」があり「レストラン ラコンテ」があります。時間が早くまだ営業前でした。橋の袂にお掃除のボランティアの方々らしき沢山の方が集まっておられました。全くご苦労様です。
私はその方達をよそ目にして橋を渡ります。車はここではいつも渋滞気味のようです。
黒ハート左手に近江大橋、琵琶湖には漁船やカヌーがボチボチ登場している時間です。
喫茶店さすがの私も朝食抜きで9時まで歩き詰めだったので、橋の東袂のカフェが開店していたのでコーヒータイムにしました。後日ご紹介します。
さて、次には「建部大社」です。旧東海道から少し離れて鳥居があります。

近江国一宮 建部大社(たけべたいしゃ)
住所:大津市神領1-16-1
電話:077-523-2811
本祭神:日本武尊
創建:景行天皇四十六年
古来建部大社、建部大明神と称え、延喜式内名神大社に列し、近江国一ノ宮として朝野の崇敬篤い古社である。
源頼朝は平家に捕われ十四才にして伊豆に流される為、京都から関東に下向の折、永歴元年当社に参籠して前途を祈願した事が平治物語に記されている。
本殿(一間社流造) 拝殿(入母屋造)その他:権殿 中門 神門 神饌所 祭器庫 儀式殿 会館 宝物殿 絵馬殿 参集殿 馬舎 手水舎 社務所
主な祭礼
一月九日山神祭、二月四日護国祭(弓の神事)、三月三十一日榊立祭、六月十五日日挿秧祭(田植の神事)、八月十七日納涼船幸祭(大津三大祭の一)、十月十二日早穀祭、十一月二十六日鎮火祭
8月 17日 船幸祭 :本殿前より出輿(大一基・小三基)し、唐橋より船に乗せ、南郷渡御ノ瀬に至り、往復する。
ホームページ
境外社:檜山神社
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くつ鳥居まで進むと前から旗を持った人々が歩いて来られました。ウォーキングかなぁ?
すれ違いながら参道を進み左手に直角に曲がるとまた鳥居です。鳥居の奥のパーキングではボースカウトの方が円形になってお話し中。これは今日は何か行事があってまずいなぁ、と、内心で思いながら境内に向かいました。拝殿のまえでも何かの準備の真っ最中。本殿との間には椅子に掛けられた信徒の方らしき20名か30名か並んでおられました。神官が祝詞をあげておられました。
ふらふら全くまずい所に来てしまったと大急ぎで少しだけ写真を撮って退散しました。もとの旧東海道まで戻りました。
くつやれやれ、と思いながら歩いて行くと左手に面白そうな建物がありました。「正法寺」の鬼子母神のようでした。

日蓮宗 八景山 正法寺
住所:大津市神領1丁目10−4
電話:077-545-4164
本開基:1933(昭和8)信暢
本尊:曼荼羅
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お寺自身の山門が修復中でしたが鬼子母神は駐車場から行かれるようになっていました。
私は歩道から見るだけで先に進みました。建部大社の境外末社「檜山神社」です。

檜山神社
住所:大津市神領一丁目
本古墳(横尾山1号墳)が移築されているらしい。
exclamation&questionアニメの“ロケ地”になったらしい。
(現地には何の説明もありません)
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くつ鳥居から見る神社は森が深そうで時間が掛かるかなと少し迷いましたが思い切って階段を上ります。お掃除をされていました。本殿まではすぐついてしまいそれ程でもありませんでした。ただ木々が大きいので森としては完璧かもしれません。北側におりるといきなり広い公園になります。公園には神代桜(アズマヒガンザクラ)という国の天然記念物の桜が山梨県・実相寺から子桜として移築されていました。大きくなるのに何年かかるのでしょう。
くつさて旧東海道をまたテクテクあるきます。緩やかに上ったり下ったりしながら住宅街を歩きます。桧山地区は旧東海道らしい細い道です。

浄土宗 帰法山 成就院 浄光寺
住所:大津市大江3丁目
電話:077-545-3436
滋賀県指定文化財:本尊:木造阿弥陀如来立像(像高 100.2cm)
概要
本「着衣を一切あらわさず、下腹部に蓮華形をつけるだけのいわゆる裸形阿弥陀像。
寺伝によれば、もと摂津国多田村(兵庫県川西市)に伝来したという。
裸形像は阿弥陀の他にも地蔵菩薩や弁才天などの例があるが、遺品は鎌倉時代以降のものが知られる。
布製の衣を着せることにより、より現実的な表現をめざしたのであろう。
本像の左手は通常の来迎印とは異なって掌を後方に向けており、礼拝者への何らかのはたらきかけの動作を示すものかもしれない。
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くつ浄光寺の先の角を左に曲がります。水路に沿った道ですが狭く一部は一本横の道がありますがすぐに終わります。水路が西向きになるところにお地蔵様が祀られて旧東海道らしさが残りますが、その他は生活道路の混雑した細道です。方向を東向きに替えてまたテクテク歩きます。案外長い道が続きます。個人の方が作られた道標(よく解らない?)がありました。それから一里山一丁目の交差点を渡ると「月輪池の一里塚」です。

一里山一里塚
本大萱一里塚跡(大津市一里山)。遺構は全く残っていないが、ここにあった一里塚が現在の地名の由来になった。
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くつ一里山橋で長沢川を渡ります。新しく出来た道路が縦横に走り、アパートやマンション、個人住宅、会社などが建つ町は雑然としてただ歩く身には少し堪えます。
くつ「東海道立場跡」の石碑が見えました。
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この石碑の横は月輪池という池が上下二つある地域です。葦なのか池一面を覆っています。池の中に続く道があり歩いて行ってみたい気もしましたが今回は先に進みます。
「月輪寺」は想像と全く異なりました。逆光で写真もうまく撮れずうんざりでした。

曹洞宗 普門山 月輪寺
住所:大津市月輪3丁目2−1
電話:077-545-3823
本本尊:釈迦如来
開基:1863年(文久3)
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くつ暫くテクテク歩きが続きました。坂を下りはじめると高い建物が目立ってきました。
南笠東地区で大津市から草津市に入りました。
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くつ草津に入ると建物が高くなってきます。大学生協学生会館UCD-EASTの前でホットジュースの購入し、前の「狼川町児童公園」のベンチで小休憩します。
広い交差点を渡りまっすぐ進みます。「浄財弁財天」です。

浄財弁財天
弁天池

住所:草津市南笠東1丁目
本旧南笠地区の農業用水の溜め池として重要な存在であったが、農家の人の手から町の管理になり乾燥掃除もされなくなり汚れている。以前、弁天池を埋め立てて中学校を移転させるという計画案があったらしいが、地域の方々の反対で中止になった。年に一度お祭りが行われる。「汚い!」けれど、それでも魚もいるようだし、散歩道も活用されているようだし、地域の人からは可もなく不可もなくのような評価を得られているのかもしれない。
松並木があり時代劇の撮影も行われる。
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exclamation&question松並木なんてどこにあるのか分かりませんでした。広く明るい池の中に石の橋で渡って弁財天にお参りしました。写真を撮りましたが木々が繁り全く移りが悪かったのでカットです。地元のご夫婦がお孫さんを連れてきておられました。実際の所この石橋は手すりが低く、真ん中が丸くなっていて幼児には少し危ないかもしれません。
くつここからは池の袂のゴミ収集の囲いに記された矢印に沿って右に旧東海道へでます。
野路の玉川跡に11時13分到着です。

野路の玉川跡
本源頼朝などが宿泊した中世の宿駅、野路宿は近年の発掘調査により、南草津駅の西側一帯の地にあったことが明らかになってきましたが、その故地には、宿駅を偲ぶ何らの遺構、形状もなく、将来も草津の副都心の住宅街、オフィス街へと変貌を遂げようとしています。その中で、野路町の旧東海道沿いに復元された萩の玉川跡は、日本六玉川の一つ、野路の玉川の故事来歴を伝える唯一の名所であります。
あすもこむ野路の玉川萩こえて 色なる波に月やどりけり (源俊頼
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くつここから本来なら地下道で43号線を渡らなければならないのですが私は道路を車の隙をついて渡りました。信号が近くに見当たらず{えっえっ}と言った感じでした。
exclamation&question渡った後に右手脇にトンネル口を見つけ「シマッタ!!」。事故になるといけないので地下道で渡ってください。

浄土真宗大谷派 白萩山 願林寺
住所:草津市野路町1493−1
電話:077-562-1652
本創建:1512年(永正9)
開基:釈祐正
本尊:阿弥陀如来
山門:旧膳所藩 城門(長屋門)
虫籠窓が三箇所見える造りになっており、一尺二寸(約40cm)の大きな門柱、分厚い板に鉄鋲を打ちつけた扉が重厚さをかもし出している。
鐘楼:江戸中期のものと思われる。梵鐘と鐘楼は寄進で出来たが、基礎の石積みの費用が無く、門徒一同が積み石を持ち寄って基礎を造った。不揃いの石が見事に積まれている。
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本堂の前に松が張り巡らされ中に入ることを拒絶されているような気がして中には入りませんでした。
ちっ(怒った顔)近頃寺院をお訪ねしても中々中にはいる勇気が持てなくご紹介も気持ちの入らないものになっているのが申し訳なく感じます。
くつさてここら旧東海道からすこし逸れた「常徳禅寺」「新宮神社(野路神社)「浄土真宗大谷派 玉川山 浄泉寺」を廻りました。後ほどご紹介いたします。
くつさて、旧東海道に戻りました。南草津病院の院長先生のお宅の門の上に史跡の案内板があり、またお庭に矢印の看板が出ていました。失礼して拝見しました。

平清宗の碑
本平家の悲劇の若武者・平清宗の胴塚(五輪塔)。
清宗は父・宗盛とともに源平最後の合戦・壇ノ浦の戦いで源義経に捕らわれ、鎌倉から京都への帰路、この地で首を落とされた(享年わずか17歳)。首は六条川原に晒されたが、当地に胴が残ったため胴塚が建てられ、約820年を経た今でも遠藤家によって懇ろに保存供養されている。
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平家の足跡には悲しいお話が残ります。このお宅で供養をされている事に何とはなしに感謝の気持ちが残ります。世界中のあちこちの戦場と化している場所では、この一瞬にもこうした場所が広がり続けている訳で、その後その場所を弔う事で歴史を風化させない様心に誓っていくのですが、また繰り返してしまいます。出来ればもうお終いにしたい。
くつさてここまで来ればもうゴールは目の前です。左手に教善寺を見て信号を渡ります。

浄土宗 本哲山 教善寺
近江湖南27名刹霊場第21番

住所:草津市野路町1534
本開山:清誉上人
開基:遠藤権兵衛
開創:1653年(承応2)
本尊:阿弥陀如来
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お札所にもなっており綺麗なお寺でした。
お寺の前の交差点はとても車も人も多い「野路町の信号」です。渡って「野路の一里塚」へ向かいます。

野路一里塚
本日本橋から119番目の一里塚。現在は、上北池公園になっている
住所:草津市野路町字上北池23番11
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11時45分到着です。ゴールしました。4時間15分かかりました。
「一里塚」と大きく書かれた標識とあずまやがあり小公園になっています。
私と同じように旧東海道ウォーキングと思われるご夫妻が公園の周りをウロウロされていたのはここからどちらに向かうか分からなかったのでしょう。信号が目の前にあるわけではないので分かり難いかもしれません。そういった点では表示の仕方の一工夫が必要かもしれません。
くつさてここを今回のウォーキングのラストにした私は南草津駅に向かいます。
「野路町」の信号を北上し駅に向かいます。南草津駅は立命館大学などの誘致で今滋賀県内ではJR利用客第二番目ランチのできるお店も駅前には結構充実しています。今回時間を確認してからランチをする予定でした。
exclamation&question駅の改札で11時52分、アナウンスのかたが列車が遅れていて前の新快速が今到着し53分発というので、これは乗らなくてはと乗って帰路につきました。最近JRは良く遅れることがあり、そういう時はとにかく進んでおいた方が無難なのです。ランチは出来ませんでしたがうまく乗り継げて帰られて満足でした。

byニコちゃんでした。わーい(嬉しい顔)

今回コース中間点「近江国一宮 建部大社」は下記です。

posted by ぐろぶ at 11:17| 岐阜 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 滋賀の山や見所など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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