最近の記事
検索ボックス
 

2013年11月08日

旧東海道「大津宿、JR大津駅から京阪膳所本町までウォーキング」のご紹介!!

11月8日(金)児童公園では、すっかり木の葉が色づいて立ち去り難い心持ちの通勤路です。わーい(嬉しい顔)
131108_hana1.jpg 131101_hana19.jpg

野は初冬少年の歩に合はせ歩し(三橋鷹女)

さて今日旧東海道「大津宿、JR大津駅から京阪膳所本町までウォーキング」のご紹介です。
くつ歩いたコース
JR大津駅(10:10)・・・大津本陣跡10:25・・・札の辻(?)・・・国重文・書院大津別院(10:40)・・・平野神社(11:11)・・・国史跡・義仲寺・・・北惣門跡(?)・・・国重文・本殿石坐神社(いわい)(11:53)・・・国重文・本殿和田神社(12:12)・・・膳所城址(12:40)・・・膳所神社(国重文・膳所城大手門:正門)・・・京阪膳所本町駅(12:56)
歩いた歩数:16378歩
歩いた距離:11.1km
歩いた時間:2時間46分
歩いた日:2013年11月4日(月)

※地図のどこかをクリックすると@tripで確認することが出来ます。
(3Dでご覧の場合グーグルアースのインストールが必要です。)


ostu_top1.jpgostu_top2.jpg
※大津別院

ostu_top3.jpgostu_top4.jpg
※平野神社

ostu_top5.jpgostu_top6.jpg
※義仲寺

ostu_top7.jpgostu_top8.jpg
※石坐神社

ostu_top9.jpgostu_top10.jpg
※和田神社

ostu_top11.jpgostu_top12.jpg
※膳所城址公園

ostu_top13.jpgostu_top14.jpg
※膳所神社

【本店ショップのご案内】
自然を楽しもう!を合言葉に、普段使いにも便利で楽しいアウトドア雑貨をたくさん掲載しています。ぜひご利用下さい!
(商店名をクリックするとページが開きます)
アウトドア雑貨のOnline Shop grove
アウトドア雑貨のGROVE-eshop.com

※本店2店では多少ラインナップが異なります。お好みでご利用ください。

くつ前回は草津宿を歩いて(JR南草津〜JR草津駅)みました。今回はJR大津駅から大津宿を歩いて見ようと思いした。
お天気の様子が悪く出足が遅れJR大津駅に到着したのは10時10分でした。
ostu_1.jpg ostu_2.jpg
大津市は車で来たり、何度も通っているのですが今回は始めて大津駅に下りました。台風の影響で今年京阪電車が被害を受けてここの上栄町駅あたりも大変だったようです。

東海道第53番大津宿
本本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠71軒、東海道最大の宿場
中山道と共有し、北陸道を結ぶ3里24丁の宿場。

何といっても琵琶湖を持ち要所としては満点のはずです。史跡はどの程度残っているのでしょう。
くつ駅前から西に向かいますがどうもいきなり道を間違えてしまったようで一本手前の商店街を歩いてしまいました。駅前にしっかりした案内が見当たらない様でした。
ostu_3.jpg ostu_4.jpg
くつ京町二丁目の信号へでるととても広い交差点でした。
目の前にとても立派なお寺がありました。「大津観音霊場13番 浄土宗西山禅林派 江西山 九品寺」です。「滋賀県指定文化財の木造聖観音立像」をお祀りしています。余りに立派で近寄りがたい感じがします。
くつさて、ここで修正する為、西向きに進み京町一丁目にでます。路面の線路があり戻れたようです。
京阪電車の姿を確認するあたりに本陣跡を見付けます。
ostu_5.jpg ostu_6.jpg

大津本陣跡
住所:大津市御幸町6番
本御幸町の滋賀労働基準局付近にあたる。本陣とは、宿場におかれた大名などの宿泊施設。大津宿には二軒の本陣があり、この地はそのうちの大塚嘉右衛門宅。現在は、明治天皇聖跡碑が建つだけだが、江戸時代当時の本陣は広く、3階の楼上からの琵琶湖の眺めは絶景だったという。

札の辻
住所:大津市京町
本江戸時代、東海道五十三次の宿場町としてにぎわった大津宿の中心街「札の辻」。
「札の辻」とは、幕府の法令を書いた高札場(こうさつば)がある辻であったことに由来する。この地は東海道と北国海道(かいどう)の分岐点にあたり、多くの旅人や荷物を運ぶ馬などが行き来する賑やかな場所であった。

ふらふら本陣からすぐ北の辻の京町一丁目に「辻の札」の石碑があるはずなのですが、どうしても見つけられませんでした。
くつウロウロしていても見つからないので諦め東海道に進みます。京町一丁目から東に曲がります。街灯に「東海道」の文字です。狭い生活道路に意外に旧家が残っています。
ostu_7.jpg ostu_8.jpg

国登録有形文化財 北川家住宅主屋
住所:大津市京町一
本江戸時代末期〜昭和前期。
主屋は木造二階建て、切妻造、桟瓦葺。土蔵は、二階建て、切妻造、桟瓦葺。
この周辺では数少ない大規模な町家で、当時の様子をよくとどめている。大津祭の際には、隣接する町家と一体となって曵山の組み立て、解体、収納、巡行などを行う場としても使われている。

登録有形文化財 会席料理魚忠
住所:大津市京町2丁目4-10
電話:077-522-4428
本営業時間:11:30〜22:30
花遊手かご弁当・大津百町ランチ・鰻重コース:11:30〜14:00までのご入店
定休日:水曜日 駐車場 3台有
ホームページ

わーい(嬉しい顔)とても美味しそうなお料理の写真が出ていますが高級そうです。
ostu_9.jpg ostu_10.jpg
何でも1905年(明治3)に大工横井勝治郎が呉服商として建造した建物で庭園は何と七代目小川治兵衛植治の手になるという事、これでは一度は行ってみる価値はありますが・・・・
くつさて東海道を進みます。地図で別院のあるところには大きなビルが建っていました。その向こうの道路に別院がありました。お寺の前に駐車場があり押し込まれたように鐘楼が顔をだしていました。門の前に行きました。

真宗大谷派東本願寺 大津別院
本国重文:本堂(1649慶安2)、書院(1670寛文10)
住所:大津市中央2丁目5-25
電話:077-522-6960
創建:1600年(慶長5)教如
書院の天井には草花、障壁や襖には花鳥など鮮やかに描かれている。
拝観には事前予約が必要。

車(セダン)門から中に一歩足を踏み入れてみましたがここには自民党の政党カーやその他車が駐車されていました。
ostu_11.jpg ostu_12.jpg
ostu_13.jpg ostu_14.jpg
ちっ(怒った顔)「お寺の境内は駐車場ですか?」と聞きたくなる雰囲気です。重文の本堂も趣が無く感じられ気持ちが沈みました。織田信長に挑んだ教如の心意気はどこかへ吹き飛んだ感じがしました。もうやだ〜(悲しい顔)
くつさてここから信号を渡り東海道を進みます。
ちっ(怒った顔)どうも大津市の市政が、気になってしまいます。ここまで歩行して見て歩行者に優しい所が感じられず、車優先になっている、これはそもそも弱者に優しくない街であるという事、いじめの起こる素地が市政に潜んでいると思わざるを得ない気がするのです。
くつやがて、「浄土宗 正信山 成覚寺」という白壁の美しいお寺、1598年(慶長3)法阿の創建という事ですが、綺麗に街道に沿って建っています。
ostu_15.jpg ostu_16.jpg
そこを過ぎると石場地区になります。弁柄の町屋やばったり床几のあるお宅が見られ和みます。

ばったり床几
本町家の軒先の壁に寄せて折りたたむことができる、机のような形をした台のことである。使うときは折り曲げてある脚を起こし、手前に天板を引き倒すと、数人は掛けられる畳一畳ほどの腰掛け台になる。昼間には野菜などを干すのに使われていた台は、日が暮れると、夕涼み用の腰掛けに早変わりする。軒先で一杯やりながら将棋などをさす年配の方々やその上で遊ぶ子どもの様子は、いつ見てもほっこり和む。

わーい(嬉しい顔)床几が開かれ御隠居が囲碁でもさしておられれば全く懐かしい景色になりそうです。
そろそろ平野神社があるはずと森を捜していると右手の奥に森が見えてついつい行ってしまいました。私有地で行き止まり、それにしては木が大木です。以前はキット平野神社の敷地であったと思います。東海道に戻り、住民の方に訊ねてみると「森はすぐそこにあるんやけど、このさきの角を曲がって行かれたら着きますよ」ということで先に進み、何と左手にあったはずの「石場一里塚」をチェックしませんでした。ふらふら
ostu_17.jpg ostu_18.jpg

平野神社
住所:大津市松本1丁目8−25
電話:077-522-4555
本祭神:大鷦鷯皇命 合祀 猿田彦命彦
創建:白鳳元年正月下旬 
「精大明神」(けまりの守護神) 精大明神
村上天皇の天徳年中大宮内にけまりの技芸さかんに行なわれ、けまりの技芸さかんに行なわれ、けまりの会には奉幣があった。飛鳥井、難波両家はけまりの会には必ず社参され、まりあそびや和歌などを奉納された。明和年中に奉納された八足案三脚は現在も例祭で使用されている。難波中納言宗尚郷御染筆の和歌に「道まもる神の恵も幾代へり云松本の宮」とある。境内にはけまり神社の社標や石とうろ、神前にまりをふまえた狛犬がある。
本殿:春日造 間口一間二尺 奥行一間二尺
拝殿:入母屋造 間口一間二尺 奥行二間二尺
主な祭礼
初謡精田蹴鞠の由来(一月二日) 古祭式(八月七日) 旧七夕蹴鞠奉納(八月九日) 講社祭(二月)
祭礼日:5月 5日

蹴鞠の祭礼が行えるほどの広場を持ち境内があります。
ostu_19.jpg ostu_20.jpg
ostu_21.jpg ostu_22.jpg
突き当りに社殿が並んでいます。七五三参りの方が中におられたので近寄らないで遠景で写真を撮影しました。
くつそこから石場地区では風情のある建物を見ながら、京阪電車の踏切を渡ります。
ostu_23.jpg ostu_24.jpg
渡ると今度は新しい建物が現れます。だんだん大津の中心街に近くなり騒々しい感じが伝わります。そして芭蕉ゆかりの木曽義仲のお寺です。
ostu_25.jpg ostu_26.jpg

国史跡・単立(天台宗系) 朝日山 義仲寺
住所:滋賀県大津市馬場1-5-12
電話:077-523-2811
本本尊:聖観音菩薩
創建:巴御前の後身と伝わる
中興:佐々木氏
拝観:9:00-17:00(11月-2月は16:00まで)
休館:毎週月曜日(祝祭日は開門)
拝観料:高校生以上200円(150円)中学生150円(100円)小学生100円(50円)
※()内は30人以上の団体料金

前回こちらを訪ねたのは2009年8月22日です。下記ぶろぐでご紹介しています。
http://groveeshop.seesaa.net/article/126451112.html
ostu_27.jpg ostu_28.jpg
くつ今回はそのまま通り過ぎます。この前の道は散歩には向かないのです。
exclamation&questionふらふらさてその先で膳所城の北惣門跡を捜して湖岸道路を渡ります。車が多く騒々しい中、大きなチェーン店などがあり一軒が長いので距離も離れます。しかし事前チェックしたポイントには探せども探せども何も見つかりません。
ostu_29.jpg ostu_30.jpg

北惣門跡
本膳所城の城下町北の入り口。ここで「人物改め」など、入城者のチェックを厳重に行っていました。
膳所城
築城主:徳川家康
築城年:1601年(慶長6)
改修者:本多俊次
主な城主:戸田氏、本田氏
廃城年:1870年

くつすぐ先に琵琶湖(におの浜)が見えるのでこの辺りだという確信はあるのですが諦めて東海道へ戻ります。お天気が良くなったために気温は少し上昇するし、困憊気味です。旧東海道を歩いて石坐神社到着です。
ostu_31.jpg ostu_32.jpg

国重文・本殿石坐神社(いわい)
住所:滋賀県大津市大津市西の庄15-16
本祭神:彦坐王命 天命開別尊 弘文天皇 伊賀采女宅子媛命
創建:686年(朱鳥元)伝。
例祭:5月3日
重要文化財:本殿流造 檜皮葺(鎌倉時代)
重要文化財:前四柱の神像は平安および鎌倉時代の作。

重要文化財:天命開別命坐像 木造伊賀釆女宅子媛坐像 木造弘文天皇坐像 木造彦坐王坐像
他:中門・拝殿・神輿庫・社務所
江戸時代には八大龍王社と呼ばれて水神として広く信仰を集めたといいます。かつては、相模川上流の御霊殿山上にありましたので、山には今でも祠が残っています。

境内は閑静であり大木があります。本殿は古式ですが拝殿は新築(?)なのか新しい装いです。
ostu_33.jpg ostu_34.jpg
ostu_35.jpg ostu_36.jpg
くつここから幾分すすむと角に「加藤酒店」があります。操業100年の昭和レトロのお店です。
ostu_37.jpg ostu_38.jpg
外まで商品が主張しています。楽しそうなお店ですが、私はお酒に縁がないので残念ですが素通りします。
趣のある「敬願寺」の前を過ぎると和田神社です。

和田神社
住所:大津市木下町7-13
電話:077-522-2057
本祭神:高龗神
創建:白鳳四年創祀(伝)
持統帝の朱鳥元年頃から元天皇社あるいは八大龍王社と呼ばれ、仁明帝の承和二年から正霊天王社とも称されていた。
重要文化財:本殿(鎌倉時代)一間社流れ造り。
ひわだ葺の屋根は安土・桃山時代にに改築しており、正面に長く突出した丸い造り(唐破風の向拝が特色になっています。側面にすっきりとした蟇股(かえるまた)があり、細部装飾に鎌倉時代の遺構が残されています。
市指定:銀杏 高さ24m、樹齢300年といわれています。
またこのイチョウには、関が原の戦いで敗れた石田三成が京への護送の際に縛られたという伝説があります。

和田神社のイチョウは説明版では600年となっていました。
ostu_39.jpg ostu_40.jpg
ostu_41.jpg ostu_42.jpg
ostu_43.jpg ostu_44.jpg
大変な高さの大木で石田光成を繋いだという言い伝えがあるようです。ヒコニャンとミツニャンでキャラクターになっている滋賀の人には親しみにある武将ですが・・・・・実はミツニャンは近江鉄道で出会ったことがあります。わーい(嬉しい顔)
ちっ(怒った顔)和田神社から先に「縁心寺」という瀟洒なお寺があり進むとだれかが愛犬の始末をしていなくて匂いが酷く退散しなくてはなりませんでした。お寺の真ん中で愛犬の糞の始末しないなんて信じられませんが実際に起こっていました。哀しい気持ちになりました。

膳所城址
住所:滋賀県大津市本丸町7
本石鹿城、望湖城
城郭構造:梯郭式平城
天守構造:4重4階(非現存)
築城主:徳川家康
築城年:1601年(慶長6)
主な改修:本多俊次
主な城主:戸田氏、本多氏
廃城年:1870年
遺構:石垣、移築櫓・城門
指定文化財:国の重要文化財(大手門、北大手門、南大手門 ※全て他所へ移築)
再建造物:模擬門
近江大橋西詰のすぐ南側に突き出た地にあった膳所城は、徳川家康が関ヶ原の合戦の後、築城の名手といわれた藤堂高虎に最初に造らせた城でした。
城構えは、湖水を利用して西側に天然の堀を巡らせた典型的な水城で、白亜の天守閣や石垣、白壁の塀・櫓が美しく湖面に浮かぶ姿は、実に素晴らしかったといいます。この美観は、「瀬田の唐橋 唐金擬宝珠(からかねぎぼし)、水に映るは膳所の城」と里謡にも謡われています。
戸田・本多・菅沼・石川と城主が変わった後、本多6万石代々の居城として長く偉容を誇りましたが、明治維新で廃城になり楼閣は取り壊されました。
城門は重要文化財で、膳所神社や篠津神社に移築されて残っています。
現在、本丸跡が、膳所城跡公園として整備され、春には桜の名所として花見客を多く集めています。

膳所城址公園は地元の方の憩いの場になっているようです。
ostu_45.jpg ostu_46.jpg
琵琶湖と近江大橋を望みウォーキングコースもできているようです。遊具もあります。城址としての説明や趣はちょっと不足気味ですが気持ちの良い公園です。
ostu_47.jpg ostu_48.jpg
ostu_49.jpg ostu_50.jpg
くつ膳所城址公園からまっすぐ進めば膳所神社です。

膳所神社(国重文・膳所城大手門:正門)
住所:大津市膳所1-14-14
本祭神:豊受比売命
創建:天智天皇が大津宮遷都に際し、此の地を御厨地と定めた。(伝)
天武天皇六年に大和国より御食津神を奉遷して、大膳職の御厨神とした。
慶長年間に至り大政所豊臣秀頼、徳川家康等、当社を厚く尊信し、種々の神器の寄進があった。
東山天皇は膳所大明神の宣下をされた。
尚慶長六年膳所城創始以来、藩主本多候は歴代崇敬が厚く、社領、社殿の寄進、造営が度々あった。
重要文化財:表門(元膳所城の城門)
本殿:一間社流造
拝殿:入母屋造
その他:神楽殿 中門 神輿庫 手水舎 社務所
主な祭礼:5月3日

膳所神社はとても閑静で落ち着いた境内です。落ち葉が舞い、人の気配がない静かな場所です。
ostu_51.jpg ostu_52.jpg
ostu_53.jpg ostu_54.jpg
近くには膳所高校や城址公園があり、周りは住宅街なのに静かです。
膳所高校の入り口付近、北門から出て京阪膳所本町駅に向かえば電車はすぐにやってきました。石山駅まで行き、JRに乗り換えます。
ostu_55.jpg ostu_56.jpg
ostu_57.jpg ostu_58.jpg
ふらふら今回中途半端になった東海道歩きですが古社が5軒、大津別院、義仲寺、膳所城址など盛りだくさんの見どころがありました。この他、閉門されていたところが多くてリポートできなかったのですがお寺もずいぶんたくさん街道沿いにありました。さすが大津宿です。趣のある家屋も多く残ります。その割に充実感が残らないウォーキングですが、大津市がもう少し街道歩きに積極的に取り組んでくださればもっと楽しいウォーキングになること請け合いのコースだと思いました。

byニコちゃんでした。わーい(嬉しい顔)

今回コースほぼ真ん中「平野神社」は下記です。
地図北側の道が旧東海道です。
posted by ぐろぶ at 08:25| 岐阜 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 関西の山や見所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
最近のコメント
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。