さて、今日は昨日に続き「中山道・垂井宿と菩提山城跡」のご紹介です。
菩提山・菩提山城跡402mと中山道垂井宿 その二
岩手のヤマモモ、五明稲荷、菩提山城跡、明神湖、禅幢寺、竹中半兵衛陣屋跡、追分、松並木
垂井町指定天然記念物「岩手のヤマモモ」
通常ヤマモモは四国・九州に生育する暖地性の常緑高木で、寒冷地になる垂井岩手に際立って自生するのは大変珍しいようです。3、4月に赤い花を咲かせ6、7月に実がなります。
五明稲荷
ここは松寿丸(後の黒田長政)のお手植えのイチョウがあります。(枯れていたのか養生中のようでした)
竹中半兵衛は官兵衛を信じ、松寿丸をこの五明にかくまります。やがて潔白が証明され許された松寿丸がここにイチョウを植えて感謝したということです。
後の黒田長政です。その後秀吉の朝鮮出兵に従います。関が原の合戦では東軍につきます。 「黒田節」の九州福岡筑前52万石です。
私の調べではここの岩手小学校の門に史跡の櫓門があるはずでしたが歩いて「菩提山」に向いながら小学校の門にいってもごくごく普通の門。
???と思いながらとにかく「ハイキングコース」へ向いました。
そこから一気に白山神社を見つけようやく登山ではいれました。
菩提山・菩提城跡402m
少し登った位置に松尾芭蕉の歌碑があります。
此の山の 悲しさ告げよ ところほり (はせを)
白山神社の本殿の左脇から山道になりますが殆ど全山木の階段と思っていいほど階段です。
315段を登りきって少し歩くとまたまた100段ほどの階段。
途中明神湖への分岐まで130段ほど。そこがこの登山で唯一明るくなった場所。鉄塔のために木が切られ開かれています。
菩提山はさすが山城跡。広々としていますが展望は一方のみです。
本丸・二の丸・三の丸など7つの曲輪があり150m×300mの西美濃最大級の山城であったとされています。竹中半兵衛重治は父重元の時からここに居住していましたが息子重門は山を下り岩手に陣屋を構えました。
「もみぢ」はまだ紅葉には程遠く「青紅葉」。しかし心地よい風にしばし休憩。
下山したところは「船ヶ谷林道」でした。林道脇には川がながれ渓谷に沿っています。
そして急に新しい道路とその道路をくぐる細い道。「岩崎神社」方面へ誘導されます。「明神湖」の表示がありません。
すぐに右手に巨大なダムが建ち聳えていました。民家のすぐそこにあるのです。
明神湖
新たな観光施設になっているとは思いがたいですね。
このダムを未然に「28億5000万円」で造り自然は良くなったでしょうか。
人々の暮らしは安全になって農地は守られたのでしょうか。
見たところダムが何らかで決壊した時の方が怖そうな景色です。
恐らくこのダムに吸い込まれた山の自然の方が安心できたのではないでしょうか。しかしこうなってしまっては後の祭りです。
さてなんだかびっくりした気持を引き摺りながらとにかくも歩き出しました。
曹洞宗禅憧寺:北へ400m
竹中一族の菩提寺です。俳人傘狂(さんきょう)大野瀬兵衛の墓もあります。
雪害で屋根などが破損して寄進を募っておられました。それこそダムに使った何分の一かで出来そうなのに、本当に本末転倒のことですね。
しかしこれもここに居住する人の総意とされているわけですから、お寺さん自身の働きかけがとても大切だと思うのです。住人の中の知識人としての代表で文化や教養に対して自ら働きかけて街を守るのに一役買って欲しいと本当に思います。
県史跡・竹中氏陣屋跡
住所:不破郡垂井町岩手619-2(駅から直接来れば45分)
駅から直接の場合:駅北口から北へ250mを左折れすると宿場町の屈曲する町並みに旅籠亀丸屋があり、さらに行くと十字路。右に府中(美濃国府)道を行き途中の三叉路で左で岩手橋。左手に伊吹山を見て歩けば岩手小学校の門として転用された大きな櫓門にであうようです。
小さくではありますが、さすが立派な遺構が残っています。
美濃岩手城主・竹中半兵衛重治は信長・秀吉の天下統一に軍師として功をあげました。
その子重門は関が原の合戦では東軍として、「小西行長生捕り」の功をあげ、岩手付近の中山道沿い5000石を恩賞として手に入れ旗本になり以後竹中氏の居城となります。
遺構は、正門の櫓門(間口6軒奥行き3間も木造白壁塗り)、その周りの濠(幅5m長さ20m)・石垣(南6m内・袖石垣5m、北2m)・土塁。
この建物横には「菁莪記念館」があり、「美濃派15世の道流継承者・国井化月坊」また江戸時代から明治時代に若者に流行った「力くらべ」に使用した「力石」、そして郷土の有名人「神田柳渓」など雑雑とした史跡説明も並びます。
さてこれで目的を達したのですが「美濃路の松並木」はどうしても今回チェックしたいので長丁場の道をテクテク歩いていきました。
出会う中学生はとても愛想がよく「コンニチワ」と元気に声を掛けてきます。田園の中の道を自転車を引っ張ってどこへいくのでしょうか。時折であいました。右手からは大きな音楽が鳴っていて帰宅後調べた「ふれあい垂井ピア」の音だったようです。途中大変大きなお寺「飛雲山 徳法寺」がありました。何の説明もないお寺でしたが作庭が素敵でした。
中山道は今、生活道路になっていて、車がひっきりなしに通り、右手の相川沿いには河川敷公園が広く造られていました。工事車両が川に向って作業中でした。
追分の道標と松並木
岩手橋、みどり橋、相川橋で追分になります。東詰めにあります。
中山道と東海道を結分岐点。「右大垣道」「左木曽街道たにぐみ道」の道標。
一里塚としては現在は2ヶ所残るのみです。そしてこの松並木は1キロほどに及ぶものです。
私は逆方向になるのですがとりあえず手前の「松並木」まで往復しました。
相川橋をわたり「東の見附」「旅籠丸亀屋」「垂井宿問屋」などを経てJR垂井駅北口に戻ったのが1時43分でした。
明神湖までが3時間50分明神湖から美濃路経由JR垂井駅が2時間10分。史跡が多いので時間が充分必要になります。低山を歩くだけと違って、少し疲れました。
byニコちゃんでした。
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菩提山は下記です。

